安全な食品流通、販売のための放射線測定方法
スクリーニング法のやさしい解説
食品中の放射性セシウムスクリーニング法より
スクリーニング法
食品の流通や、生産の立場で、食品中の放射線測定を行う場合には、規制値以下かどうか、厳密な判断が求められます。
スクリーニング法は、厳密な食品検査を行う必要がある人を対象とした食品放射線測定の方法を示したものです。スクリーニング法を理解するには、少しの物理学と、高校生レベルの数学的な知識が必要です。
こちらの解説では、できるだけ、やさしく?解説してみました。
日本の新しい食品に対する放射線基準値
食品 | 暫定基準値 [Bq/kg] | 新基準 [Bq/kg] |
---|---|---|
水 | 200 | 10 |
牛乳・乳製品 | 200 | 50 |
乳幼児食品 | - | 50 |
野菜 | 500 | 100 |
穀物 | ||
魚・肉・卵 |
食品衛生法
東京電力 福島第一原子力発電所での事故により、肉、魚、野菜、きのこ類など、広範囲の食品に放射性物質が含まれる事態となっています。
事故から約1年間は、暫定の値として 500 Bq/kg(1kg あたり 500 ベクレル)が食品に対しての安全基準値となっていました。
その後、食品安全委員会における放射性物質の食品健康影響評価や、厚生労働省薬事・食品衛生審議会の答申を受けて、2012年4月1日より食品衛生法(昭和22年法律第233号)の規格基準値が、表のように改正されました。新基準では一般食品は 100 Bq/kg 以下、乳幼児食品は 50 Bq/kg という規制値です。
なぜ、食品が 100 Bq/kg なのか?
放射性物質のうち、セシウムだけが規制の対象となっており、基準値になっています。
福島原発事故から放出された放射性物質のうち、半減期が1年以上の放射性物質には、セシウム134, セシウム137, ストロンチウム90, プルトニウムル, テニウム106などがあります。
これらの放射性物質の中では、セシウムが一番測定しやすい特性を持っています。そこでセシウムだけに注目し、100 Bq/kg を超えていなければ、他の核種(放射線を出す物質)は存在している比率から考慮しても、年間全体で被ばく線量が1ミリシーベルトを超えない、という考えに基づいて基準値が設定されています。
右の表は、食品から受ける年間の被ばく線量が 1ミリシーベルト以下となるような食品の基準値を 1kg あたりに逆算したものです。全年齢を通しての最小値は 120 Bq/kg です。 この検討からセシウムの新しい基準として 100 Bq/kg が設定されています。
表の数値は、校正労働省の資料「食品の基準値基準値の設定リーフレット版」より抜粋。
年齢区分 | 性別 | 摂取限度値 [Bq/kg] |
---|---|---|
1歳未満 | 男女 | 460 |
1歳~6歳 | 男 | 310 |
女 | 320 | |
7歳~12歳 | 男 | 190 |
女 | 210 | |
13歳~18歳 | 男 | 120 |
女 | 150 | |
19歳以上 | 男 | 130 |
女 | 160 | |
妊婦 | 女 | 160 |
全年齢、性別での最小値 | 120 |
スクリーニング法の目的
食品に含まれる放射線量を正確に調べるには、ゲルマニウム半導体測定器が必要です。この測定器は、価格が高く(数千万円程度)、大型の遮蔽容器、液体窒素が必要になります。また一度に大量には、測定できないため、普及・導入は、簡単ではないのが現実です。
新しい食品基準値の決定とともに、より低価格で、簡単に行える検査方法が求められてきました。 そこで厚生労働省は、低価格のCsI, NaIシンチレーション検出器を使った測定方法や、測定条件をスクリーニング法として具体的に示しました。
スクリーニング法は、セシウムの量を正確に測ることが目的ではありません。
この手法は、低価格な測定器を使い、100 Bq/kg という基準値以下であることを高い精度で「判定する方法」です。
基準値よりも低ければ、流通できる、そして食べることができるようになります。 これらの目的を達成するには、必ずしも正確に測定しなくても、基準値よりも低いことが証明できれば、十分であるという合理的な考えに、基づいているのです。
もちろん、ほとんどの測定器は、何ベクレル含まれているか表示することができますが、放射線測定には、一定の誤差が、常にあります。 測定の平均値が50 Bq/kg だとしても、放射線は測るたびに値が変動します。そこで、物理学的な観点や、統計的な観点から、基準値以下であることが確実に判定しようとするのが、スクリーニング法の目的なのです。
スクリーニング法の3つの要求
スクリーニング法では、100 Bq/kg 以上の食品が流通してしまう確率を1%以下にできる測定方法が求められます。
スクリーニング法の要求仕様に従い、測定器メーカーは、測定器の性能を利用者に示すことが求められます。 また利用者も、この方法に基づいた測定方法や、食材の管理方法を学ぶことが要求されます。 スクリーニング法は、流通や生産の現場で、厳密な検査を求められる立場の人が学ぶ測定方法です。
もちろん、個人で、食品用測定器を使ってみようという場合でも、スクリーニング法を学ぶことは、とても勉強になります。
スクリーニングレベルの決定
スクリーニングレベルとは、基準値以上か、どうかを、判定する値のことです。
スクリーニングレベルで、食品の判定を行うことで、セシウムが100 Bq/kg 以下かどうかを、99%の確率で判定できる値のことです。 たとえば 80 Bq/kg で判定を行います。測定値が80 Bq/kg 以下であることを確認すれば、100 Bq/kg 以下ということを99%の高確率で確定できるというわけです。
つまり、基準値よりも、余裕を持って判定するような方法になっています。余裕の持たせ方は、計算式によって、厳密に決める必要があります。
測定器では、50~100 Bq/kg の範囲で、スクリーニングレベルが設定できることが求められます。
測定下限値 25 Bq/kg の確保
測定器が置いてある部屋の壁、床、家具からも放射線が出ており、通常は食品よりも、周りの環境放射線の方が高い状態です。そのため周りの放射線を、鉛の容器などで、十分に遮蔽することが求められます。
スクリーニング法では、遮蔽の効果として、25 Bq/kg の測定下限値を達成することが求められています。測定下限値とは、正確な値として「測定」できるレベルのことです。
低い測定下限値を確保するには、壁、床などの周りからの放射線を、鉛容器などで遮蔽して、測定器に周りからの放射線が入らないようにする必要があります。
食品用の測定器 PM1406 にも標準鉛容器が付属しています。これを使うことで、測定下限値 25 Bq/kg を確保できるようになっています。
測定の信頼性の確保
その他、利用者、測定器メーカーに以下の項目が要求されます。
- テスト用の線源を使って、エネルギー校正を実施。
- テスト用の線源を使って、計測値に変化がないことを確認。
- 検出器、鉛容器内、マリネリ容器をきれいに保つ。
- 測定環境、温度、周りのものを、なるべく変化させない。
- 測定試料(食品)の取扱い基準
- 流通や生産に関わり、食品検査を行う場合には、測定器メーカーによる校正は、毎年1回すること。
スクリーニング法による検査
こちらの図は、理想の検査性能です。
100 Bq/kg を超えていれば、検査不合格。以下であれば、検査に合格です。 合格すれば、流通させることもできますし、食卓に並べることができます。この場合、間違いがなく確実に判定できるわけですから、理想の検査体制です。
この場合の判定値は、100 Bq/kg といいます。合格か不合格かを見分ける判定値を「スクリーニングレベル」と呼びます。
ですが放射線は、ある時間はたくさん放出され、ある時間は少なく放出されるという「ばらつき」のある性質をもっています。そのため、現実の放射線測定では、このような検査体制は、実現できません。
実際の検査体制
現実の食品検査では、図のような性能なります。
- 横軸は、食品に含まれる放射能(Bq/kg)
- 縦軸は、検査に「合格」と判定される確率(%)
赤い点線は、110 Bq/kg の食品を検査した時の線です。基準値以上の食品ですから、本来は、すべて不合格になるべきですが、10%の合格品が出ている状況です。これは大きな問題です。
青の点線は、90 Bq/kg の食品を検査した時の線です。基準値以下ですが、合格率は、90%です。本来は100%合格になるべきですが、実際の検査体制では、10%ほど不合格と判定されてしまうわけです。
不合格となった商品は、この後、精密検査に回されます。再検査では、より精度の高い検査が行われますので、次はきっと合格となるでしょう。こちらは問題としては、小さいわけです。
実際の検査体制では、100 Bq/kg より上か下かで判定を行った場合には、放射線測定のばらつきや、測定器の誤差など、いろいろな要因に起因して、このような不完全な検査体制になります。
検査の誤りは1%以下
厚生労働省が示すスクリーニング法では、100 Bq/kg を上回る食品を流通させないことを第一の目的としています。 そこでスクリーニング法では、100 Bq/kg を超える食材の誤判定の確率を1%以下にすることが求められています。
図では、測定器の性能を考慮して、80 Bq/kg より上か下かで判定しています。80 Bq/kg より下であれば、安全な食品であると判定します。
一方、80 Bq/kg 以上の場合、不合格品とするわけです。基準値よりも判定値を下にすることで、余裕を持たせることで、誤判定を1%に抑えるわけです。
この場合、80 Bq/kg が判定値(スクリーニングレベル)と呼ばれます。
この方法では、90 Bq/kg ぐらいの食品は、いったんは、不合格になってしまいます。ですが、80 Bq/kg 以下と判定された食品は、基準値以下であるということが高い精度で確定することができます。
再検査が増えることは欠点ですが、安全な食品を高い確率で見つけ出すことができるわけですから、すぐに出荷、流通させることを考えれば、十分に有効な方法といえるわけです。
要求される性能
左の図は、極端に性能の劣る検査性能です。
このような検出器の場合、どれだけスクリーニングレベルを下げても、100 Bq/kg を上回る食品が検査をすり抜けてしまいます。こういった測定器は、スクリーニング法には使うことができません。
スクリーニング法では、簡易的な検査方法ではありません。スクリーニング法は、食品に含まれる放射線量の絶対値を正確に測定するわけではありませんが、誤差や測定器の性能を含めて、基準値100 Bq/kg よりも低いことを、高い精度で「判定」する手法です。
判定ができれば、必ずしもセシウムの放射能(Bq/kg)が、正確には分からなくてもよい、という考え方は、科学の実験であれば、問題になります。ですが基準値以下か?、安全な食品か?、という点で検査できればよいので、実用上は問題ない方法であるといえるでしょう。
測定下限値 25 Bq/kg の要求
食品のための新基準値には、100 Bq/kg 、そして50, 10 Bq/kg など様々な基準値がありますが、スクリーニング法が対象としているのは、今のところ、100 Bq/kg の一般食品だけです。
10 Bq/kg(飲料水) , 50 Bq/kg(乳幼児食) をスクリーニングする方法は、示されておらず、これらはスクリーニング法の対象の範囲ではありません。
スクリーニング法では、測定器の測定下限値 25 Bq/kg が要求されています。測定下限値とは、測定器が測定できる最小レベルの放射線量のことです。検出下限値とは、異なります。
測定下限値 | 放射線量を正確に測定できる最小の値です。 |
---|---|
検出下限値 | 放射線が存在していることを判定できる最小の値です。あまり意味がありません。 |
測定下限値の決め方に、共通のルールがなかったため、スクリーニング法では、具体的に検出下限値の算出方法が定めて、測定下限値 25 Bq/kg を実現することを測定器に要求しています。
具体的には、鉛容器などで遮蔽をしっかりして、測定時間を長くすると、測定下限値は、どんどん低くすることができます。 測定下限値の要求は、遮蔽をしっかりして、最低でも 25 Bq/kg まで測定できるだけの測定時間を かけて測定してください、という意味にもなっています。
これから実際に、測定下限値の求め方を見ていきます。計算式も出てきますので、ちょっとした数学が必要になりますが、がんばってついてきてください。
測定下限値のチェック方法
スクリーニング法は、25 Bq/kg の測定下限値を確認する方法として、こちらの計算式を提示しています。
この式が成り立てば、測定器が 25 Bq/kg の測定下限値があることが確認できるというわけです。
式(1)だけをいきなり見ても、何のことやら、分からないですね。
式を理解していただくために、ちょっと遠回りして、放射線のことを勉強していきます。
計数値、計数率
放射線は、粒として数えます。ひとつ、ふたつと数えることができます。
たとえば、トマトを測定した時、10秒間で20個の放射線を検出した場合、 「計数値」は20です。全部で20個の放射線を捕まえたという意味です。
1秒間あたりの平均数を、「計数率」と呼びます。「率」という漢字は、「時間あたり」という意味があります。
1秒間の平均個数は、20÷10 = 2になります。1秒間に2個という意味です。これが「計数率」です。
式で書くと、このような関係があります。数を時間で割るだけなので、簡単ですね。
放射線の分布
放射能は、ばらつきを持っているとご紹介しましたが、まったくのばらばらに出てくるわけではありません。放射能は、ポアソン分布に従うことが知られています。
実際の放射線源を使って、検出された放射線の個数(計数値)と確率をグラフにしてみました。この分布をみると、一定時間で何個の放射線が出てくることが多いか、分かります。
山が一番、高くなったが、確率の高いところですから、一定時間で、30個ぐらいの放射線が出てくることが分かります。また最大は、50個ですが、確率としては、とても少ないことが分かります。
このように放射線の強さ(=個数)には、一定の法則(分布)に従った「ばらつき」があるわけです。放射線の強さが測るたびに、違うということも理解できるかと思います。
平均値と標準偏差
さきほどの分布では、平均値(分布の真ん中、μ)は、30 でした。
また左右に、どれぐらい広がっているのかをみる一つの尺度として、標準偏差(σ)という値があります。 σが大きいほど、左右に分布が広がっているというわけです。
図に、σ=0.6, 3, 15 の分布を書いてみました。値が大きいほど、左右に分布が広がっていることが分かります。ばらつきの幅が大きいということもできます。また平均値+σ、+2σ、+3σの範囲も書いてみました。ひとつの分布の中に含まれる割合が分かります。
たとえば、算数のテストの試験結果が、クラスの平均値(μ)が50点だったとして、標準偏差(σ)=20点の場合には、±σの範囲(30~70点)の中には、68.2%の生徒が含まれる、というような意味になります。 ±2σであれば、95.4%の生徒が含まれます。 ±3σであれば、99.6%の生徒が含まれます。
平均値(μ)と標準偏差(σ)が分かると、分布のおおよその形がつかめるというわけです。
計数値 Nの分布を考える
ちょっと算数の話へと脱線してしまいましたが、再び放射線の分布に戻ります。
計数値(カウント)の平均値 Nとすると、標準偏差 σは、次式のようになります。 放射線の場合には、ポアソン分布に従うことがあらかじめ分かっているため、標準偏差の式も簡単になっています。
計数値 N の平均が 30 の場合、標準偏差を計算してみると、5.47 と分かります。
この放射線の計数値の分布は、平均値が30で、標準偏差±5.47程度、ばらついているという意味になります。(±1×σの範囲)
平均値±標準偏差という記載方法で、分布の大きさを表現できます。 中心の平均値が N で、左右にσだけ広がっていることが理解できる式になっています。
式(3)を使って書き換えると、このようになります。
測定下限値 25Bq/kg を確認する式
それでは厚生労働省が示した式(1)に戻りますが、 小文字 n は計数率。大文字 N は計数値ということを思い出して進んでいきましょう。
左辺は、25Bq/kgの計数率と、 背景放射線の計数率 の引き算で、正味計数率と呼ばれています。
簡単にいえば、25 Bq/kg の物体から出てくる放射線量から、周りの放射線量を引いた量です。 5 Bq/kg の物質の放射線だけを考えた量なので、「正味計数率」と呼ばれています。
右辺は、実は、正味計数率の標準偏差を3倍にした値 なのですが、これを理解するために、より詳しく見ていきます。
2つの分布の差
正味計数率の標準偏差を考えるわけですが、
25 Bq/kg の放射線も、背景の放射線も、それぞれ放射線測定ですから、それぞれが、ばらつき(分布)を持っているはずです。 正味計数率は引き算になっていますが、下の図のような分布の引き算と考えられます。
[青い分布]-[赤い分布]=[緑の分布]というわけです。
赤、青の分布が広がれば、緑は、さらに太くなるということが、想像できますでしょうか。。
高さが低くなるのは、横に広がったためです。今は、気にしないでおきましょう。 2つの分布の引き算ですが、横幅が太くなることが重要です。つまり引き算でも、標準偏差は、大きくなるというわけです。
これは、2つの独立した分布の差(引き算)が、どういった分布になるか?という問題なのですが、それぞれの分布の標準偏差を2乗し、足してから平方根をとった値になっています。
計数率の標準偏差は、式(9)ですので、2乗して足して、平方根をとると、以下のようになります。
正味計数率の分布は、式(11)になるということが分かります。 この式の標準偏差部分を、をつかって書き換えてみます。
式の変形を勧めますと、式(13)になります。
これを厚生労働省の出した式(1)と比べると、 右変は、標準偏差の3倍ということが理解できるかと思います。
これが成り立てば、測定下限値 25 Bq/kg が達成できているかどうか、確認できるわけです。
- 25 Bq/kg での計数率(カウント率, CPS 値)
- 測定器が設置されている環境での背景放射線の計数率(カウント率, CPS 値)
- 25 Bq/kg での計数値(カウント値)
- 測定器が設置されている環境での背景放射線の計数値(カウント値)
- 25 Bq/kg での計数を測定した時間(秒)
- 測定器が設置されている環境での背景放射線の計数値を測定した時間(秒)
時間 t に添え字 s25, b がついている違いがありますが、これは、背景と 25 Bq/kg の試料のそれぞれの測定時間です。
背景放射線を低くすれば、式は成り立つ
測定下限値の式(1)をみてきましたが、 この式が成り立つようにするには、どうしたらいいのか、考えてみましょう。
同じ測定器を使う限りは、試料(25 Bq/kg) から放出される放射線 は、正直なところ変えようがありません。
となると、変えられるのは背景の放射線量 のみです。
背景の放射線量は、周りの部屋や、机、検出器の周りにいる人間などから出た放射線ですので、 鉛の容器で、検出器を囲ってやれば、 の値を小さくすることができます。 を小さくすれば、この式が成り立つわけです。
また測定の時間 t を長くすれば、右辺が小さくなるので、式は、より成立しやすくなります。 これで、測定下限値の式は、理解することができました。 次は、実際に、測定下限値が成り立つか、これから具体的に計算してみましょう。
測定条件 1 | ||
---|---|---|
8,000 [Bq/kg] | Cは、試料に含まれている放射能 [Bq/kg]の値です。 | |
0.5 [kg] | Wは、試料の重さ [kg] です。 | |
100 [cps] | ns は、試料を測定器で測った時に計測された計数率[1/秒]です。 | |
5 [cps] | nb は、背景の放射線量を測った時に計測された計数率[1/秒]です。背景を測る場合には、空のマリネリ容器を測定します。 |
測定下限値を確認してみる
実際に測定下限値が確保できているか確認して見ましょう。 測定値をいれてみて、この不等号が成り立てばいいわけですから、そう難しくはありません。
計算を行うには、25 Bq/kg の試料を測定して計数率()を実験で求めることもできます。
ですが、この式を満たすには、背景放射線量が十分低いかどうかを調べる方が重要なので、25 Bq/kg の計数率()は、機器換算係数 K から求めてみます。
もちろん、実際に を測定しても、K から計算した値と、大きくずれない必要があります。 1kg 、25 Bq/kg の試料があると仮定すると、式(15)を使うことで、
という式が成り立ちますので、条件1の表、式(16)から = 5 を使うと、
これで、式(17)を確かめるすべての数値が揃いました。
式(17)に値を入れてみます。
実際に計算してみると、不等号は、成立しています。
つまり、25 Bq/kg の測定下限値があることが確認できたというわけです。たいていの測定器では、これを自分で確認することができるはずです。
ただし、測定時間(秒)は、メーカーや、販売店に問い合わせると、よいかと思います。スクリーニング法に対応している機器であれば、すでに推奨測定時間が決められているはずです。
スクリーニングレベルの確認
スクリーニングレベル(判定値)は、99%の確率で、判定誤りを防げるレベルと定義されています。
これを実際に確認する方法をご紹介しますが、スクリーニングレベルの確認は、 基本的には、測定器メーカーが確認することになっています。もちろん、セシウム134, 137 だけが含まれた精度の高い 50 Bq/kg~100 Bq/kg 未満の放射線源があれば、自分で確認することもできます。このタイプの放射線源は、日本アイソトープ協会等で製作していますが、個人には販売していないようです。
また数学に少し戻りますが、標準偏差の仕組みのおさらいですが、図を見てください。 これはある分布を示していますが、平均値は、μです。分布の中心ですね。 標準偏差σです。分布の中心から±σ離れたところまでには、分布の面積のうち、34.1 x 2 = 68.2%の面積が含まれています。 また同様に、±2σには、(34.1+13.6)x2 = 95.4%です。±3σなら、(34.1+13.6+2.1)x2=99.6%の面積になります。
標準偏差が分かれば、分布の広がりが分かります。σ、2σ、3σという領域を考えることで、分布の面積もおおよそ想像がつくようになっています。標準偏差は、知ってみると、便利な仕組みですね。
この分布を放射線の測定値と考えてみてください。
たとえば中心の平均値μが、80 Bq/kg の場合を考えてみましょう。測定値は、80 Bq/kg を中心として、高い値から低い値まで、食品の測定値を測るたびに、ばらついていると考えることができます。
スクリーニングレベル(判定値)は、99%の確率で、判定誤りを防げるレベルと定義されています。そこで、スクリーニングレベルを、80 Bq/kg に置いた場合、100 Bq/kg 以下の分布の面積が99%以上になるようにすれば、この定義を満たせることが分かります。
99.6%は、3σでしたよね。99.0%の場合には、2.575σになります。
80 Bq/kg よりもちょっと大きな数字が、100 Bq/kg 以下になっていれば、99.0%の面積が、100 Bq/kg 以下に収まっている、という式になっています。
標準偏差の何倍の数字を使えばいいのか?
厚生労働省が示したスクリーニング法でも、スクリーニングレベルの確認式には、このような式が提示されています。
これは、式(21)と同じです。 μは平均値、σは標準偏差、t=2.575 と考えると、まったく同じ式ですね。
t の値は、標準偏差にかかる倍数ですが、余裕の持たせ方によって、いろいろな t の値があります。
t の値 | 解説 |
---|---|
2.575 | 放射線の分布を、正規分布として考え、99.0%の上限値を求める場合の数値。一般的によく使われます。 |
2.33 | 放射線の分布を、ガウス分布として考え、99.0%の上限値を求める場合の数値。ただし、くりかえし測定した場合の標準偏差が1回測定から推定される標準偏差σと比較して、大きく乖離しない場合だけ利用できます。 |
3.747 | 平均値を求める場合に、5回しか測定しない場合に、99.0%の上限値を求める場合の数値。片側1%危険率と呼ばれています。 |
平均値や、標準偏差を計算する場合に、50回、100回と十分な回数を測定できる場合には、低い値を使うことができます。 ですが、たいていの場合には、1回の測定で、それなりの時間がかかるので、5回程度、測定して平均値と、標準偏差を求める場合が多いです。
厚生労働省のスクリーニング法でも5回測定すること、となっていますので、3.747 という数値が使われることが多いようです。
99%の上限を求めるためのスクリーニングレベルの確認式として、こちらを覚えておきましょう。
実際に確認してみます
実際に、セシウム134, 137 のみが含まれた精度の高い標準体積線源(放射線源)がある場合には、スクリーニングレベルが実際に機能しているか、確認することができます。他の核種が含まれているような線源、食材、建材などを代用する場合には、正確には確認できません。
50 Bq/kg を下回るような線源は、スクリーニングレベルの確認には利用できません。これはスクリーニングレベルは、50 Bq/kg 以上と定義されているためです。
標準体積線源は、右のようなものです。 アルミナの粉末に、放射性セシウム(Cs134, Cs137)が均一に混ざったものです。マリネリ容器いっぱいに封印してあります。
精度のよい標準体積線源(放射線源)は、日本アイソトープ協会で買うことができます。 法人しか購入できませんが、Cs134+Cs137の混合で、60 Bq/kg です。
測定条件 3 標準体積線源( 公証値 60 Bq/kg ) |
|
---|---|
測定1回目 | 1.470 cps |
測定2回目 | 1.440 cps |
測定3回目 | 1.544 cps |
測定4回目 | 1.461 cps |
測定5回目 | 1.532 cps |
測定5回の平均値 μ | 1.4894 cps |
標準偏差 σ | 0.0458 cps |
その他、計算に必要な係数 | |
---|---|
99%上限を求める係数 t | 3.747 (t分布表、片側1%危険率より) |
cps 値から Bq への機器換算係数 K | 40.8 [Bq/cps] |
100 Bq/kg時の係数率 | 100/40.8=2.450 [cps] |
スクリーニング法では、一つの方法として、標準体積線源を5回、測定を行い、平均値、標準偏差を計算して、100 Bq/kg 値からのカウント値と比較する方法が記載されています。
ここでも同じように、スクリーニングレベルの99%上限が 100 Bq/kg より小さいかを確認する式(23)にいれて検証してみます。
まずは式(23)を、Bq/kg 単位からカウント単位に直します。これは、機器換算係数 Kをかけるだけで、できますので、このような式になります。
不等号が成り立つことが確認できました。
つまりは、99%の上限値が 100 Bq/kg より低いことが分かったわけです。これで測定下限値 25 Bq/kg と合わせて、スクリーニングレベルも確認できましたので、スクリーニング機器としてお使い頂くことができます。
実際の運用上の注意点
スクリーニング法では、以下の項目を管理することが要求されます。これは、利用者自身が行う必要があります。
- テスト用の線源を使って、毎日、エネルギー校正を実施。
- テスト用の線源を使って、計測値に変化がないことを確認。
- 検出器をきれいに保つ。
- 測定環境、温度、周りのものを、なるべく変化させない。
- 測定試料(食品)の取扱い基準
- 流通や生産に関わり、食品検査を行う場合には、測定器メーカーによる校正は、毎年1回すること。
エネルギー校正
食品用の放射線測定器(ベクレルモニター)は、室内の温度が変わると、性能が変化します。これはシンチレーション検出器が温度によって、性能が変化するためです。
放射線がもつエネルギーは、セシウム137であれば、662 keVと決まっています。 食品用の放射線測定器は、このエネルギーの放射線を監視するわけですが、室内の温度が極端に高くなったり、低くなったりすると、662 keV を監視していたはずが、実は、630 keV ぐらいのずれたところを監視していた、、、という形で、影響がでる場合があります。 そこで測定器の調整を行い、662 keV ぴったりで正確に監視できるように、毎日調整をしよう、というのがエネルギー校正になります。
食品用の放射線測定器 PM1406 の場合には、周りの温度変化を監視する回路が入っており、周りの温度に応じて、自動でエネルギー校正を行うようになっています。そのため、手動でのエネルギー校正は、必要ありません。
鉛容器、検出器、マリネリ容器の汚染
食品を測定する測定器は、汚れやすいものです。
検出器や、鉛容器は、ビニールで覆うことで、清潔に保つことができます。 食材を入れる容器には、ラップをかけると便利です。食材をビニールで包むこともできますが、しっかりと充填できない可能性もあるので、食品を詰めるマリネリ容器には直接、食材をいれ、測定ごとに洗って乾燥させてから使うようにしてください。
産地の違うトマトを5種類測定する場合などは、食材の取り違えを防止することも重要なことです。
線源を使って毎日のチェック
放射線源が手元にある場合には、計数率を毎日測定することで、測定器に変化がないか、調べることができます。放射線源は、セシウム137、カリウム40、トリウムなど、安定して長期間放射線を出すものが望ましいです。
今日は、30分で 0.300カウント。昨日は、0.310カウント。その前は、0.290カウントだったという形で、記録を付けてください。カウント表示がない場合には、Bq/kg の表示でも大丈夫です。
毎日記録を付けることで、測定器の性能が維持されているか、監視することができます。
毎年1回の校正
スクリーニング法に準拠して、生産者・流通業者が、食品の検査をする場合には、毎年1回のメーカーによる校正が必要なります。
校正とは、表示される測定結果と、実際に食品に含まれている放射能が同じになるように、機器を調整することです。車で言えば車検のようなものです。
校正では、校正証明書が添付されていることを確認してください。
測定器の設置場所
測定器の設置場所を変えた場合には、背景放射線量が変化します。
周りの家具や、机の配置を変えた場合でも変化が生じる場合があります。設置場所を変更した場合などは、背景放射線量の再測定を行ってください。 その他、部屋の温度、コンセントからの電源供給などでも、影響がある場合があります。
背景放射線量チェック機能や、放射線源による計数値など日々の測定結果の記録をとり、問題があれば、すぐに分かるようにしておくことが重要となります。
正のバイアスは許容できる
スクリーニング法では、正のバイアスという表現が出てきますので、これについても解説いたします。
自然界には、いろいろな放射線があるので、他の放射線の影響によって、セシウムの測定値が高めに出てしまう場合があります。スクリーニング法では、セシウムの値を多めに見積もってしまうような場合を、正のバイアスと呼び、これを容認する立場をとっています。つまり測定値が高めに出る結果となるが、これを容認するという立場です。
逆に、負のバイアスもあります。セシウムの量を正確に測定しようとすれば、セシウム以外のカリウムなどの影響を補正する必要がでてきます。この補正計算をやりすぎると、セシウムの量を、実際よりも少なめに見積もってしまうという問題が発生します。セシウムの量が少なめに測定されるわけですから、これは大きな問題となります。このような負のバイアスは、認められていません。
測定器は、一定の誤差もある機械ですから、完全に正確に補正したり、測定できるわけではありませんので、安全サイドに立ち、セシウムを多めに見積もって、その結果が基準値以下であれば、より安全な検査ができるというわけです。
スクリーニング法は、セシウムの量を正確に測ることが目的ではありません。基準値よりも低いことが、高い精度で分かれば、食べる、流通させるという目的には、十分であるという合理的な考えに、基づいているのです。
正のバイアスという言葉を聞いたら、多めに見積もってしまう可能性を許容することと思い出してください。